2005/05/21
いじめっ子・いじめられっ子

もしも自分の子どもが、「いじめっ子」と「いじめられっ子」のどちらかの立場にしかなれないとしたら、どちらのほうが親としてうれしいか?という話題になった(まあどちらもうれしくないのだが、ここは究極の選択という意味で)。
※ここで言う「いじめっ子」とは、意図的に特定の人に対していやがらせ(靴を隠すとか)をするようなものを指し、「気付いたらそういう立場だった」のようなものは含まない。「いじめられっ子」はその逆のみを指す。

「いじめっ子」も「いじめられっ子」もどちらも経験していないだんなは、「いじめっ子」と答えた。「いじめられっ子」を経験している私は、「いじめられっ子」と答えた。
「いじめっ子」のほうがいろんな意味で強いから、大人になっても強く生きていけるのではないか、と言うだんなと、「いじめられっ子」なら人に対して危害を加えたりしない可能性が高いから、犯罪などの決定的な過ちを犯さないのではないか、と言う私。

「いじめっ子」のほうが、もしかしたら将来成功を収めたりするのかもしれない。でも「いじめられっ子」のほうが、もしかしたら穏やかで平和なのかもしれない。

結局は、親が子どもに対して何を「幸せ」だと伝えていくかということなのだろうなと思った。まだ見ぬ私たちの子どもに、私たちは何を伝えられるだろう。

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