Mayunezu Space Ver.7 http://space.mayunezu.com/ 気持ちにならない気持ち。思いにならない思い。言葉では完全に表現できないけれど、なんとかがんばる実験的サイト。 ja 2008-04-10T01:01:37+09:00 嘆くことが違う。 http://space.mayunezu.com/archives/200804/10-0101.php それなりの人生の長さになると、いろんな人に出会う。
自分と合わない人に嘆くより、そういう人を受け入れられない自分を嘆く人になりたい。

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01kimochi mayunezu 2008-04-10T01:01:37+09:00
生きなければならない。 http://space.mayunezu.com/archives/200710/30-2004.php 守るべきもの、守ってくれているもの、
大好きなもの、こと、人、
向かうべき目標、叶えたい夢、

そういうことが何も見えなくなっても、
心臓が動いていて、息をしている自分が、
ものすごく憎らしい。

目の前がものすごく曇っていて、
そこに誰がいて、私をどう見ているのか、
今は見えない。

少なくても分かっているのは、
全部、自分が招いたことであるということ。

重い重いドアが、どんどん閉まっていく。
自分で閉めようとしている一方で、
誰かに助けをもとめてもいる。

ほんとうは、ほんとうは、閉めたくない。
でももう、閉めるしかないような気がしている。

それでも私は、生きなければならないから。

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01kimochi mayunezu 2007-10-30T20:04:04+09:00
自分に正直な人・自分を隠す人 http://space.mayunezu.com/archives/200709/24-1921.php 本当の自分を出している人は、その考えや行動が万人に受け入れられるものではなかったとしても、共感する人は必ずいる。逆に自分を隠す人は、みんなに好かれているように見えるのだけど、理解者がいなくて常に寂しい気持ちを抱えている。

前者・後者ともに、私の身近にいる。
自分自身が前者になれるといいなと思うし、後者の理解者になれればもっといいと思う。

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01kimochi mayunezu 2007-09-24T19:21:45+09:00
“いちばん” http://space.mayunezu.com/archives/200709/03-2243.php 授業中に「2人組になってください」と言われるのが嫌いだった。いつも自分が余ってしまうから。

友達はたくさんいた。どの子のことも好きだった。でも、その子にとって私が“いちばん”ではないことを知っていた。2人で組めと言われたら選ぶ子が誰かを、私はどの子についても分かっていた。だから私が選ばれないことも分かっていたし、私も選んじゃいけないと思っていた。

そして、私も。
“いちばん”は誰?と聞かれると、答えられなかった。決められなかった。友達はたくさんいるのに、私は孤独だった。気づけばそんな状況に慣れてしまって、“いちばん”なんていなくても生きていけるさ、と思うようになっていた。

そうしておとなになったから、手をさしのべてくれる人がいても手をにぎり返せなくなってしまった。私が“いちばん”を認めたら、その人はいなくなってしまうんじゃないか……ずっと、そんな気持ちを持っていた。

「2人組になってください」
私にとってそれがどれだけ難しいことかを思い知った1年だった。
でも、差し出された手がずっとそばにあった、幸せな1年でもあった。

ほんとうに、ありがとう。

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01kimochi mayunezu 2007-09-03T22:43:25+09:00
10年 http://space.mayunezu.com/archives/200708/09-1024.php 入籍してから、今日で満10年。

短かった。濃かった。
今、思い返しているだけで、涙が出る。
幸せで。ほんとうに、幸せで。

10年間、ずっと恐れていた。
「だが、その幸せは長くは続かなかった」という日は、いつくるんだろうと。
誰にでも必ず訪れる、夫婦の試練ってやつを。

だけど、多分まだそれは訪れていない。

2人で泣いた日もあったけれど、
不幸だとは思わなかった。だって、
2人で泣けるんだもん。2人で苦しめるんだもん。
そんなときは、
世界中の誰よりも自分が強いと思える。
全力で守ろうと思うし、
全力で守られていると思うから。

転機もあった。危機もあった。
でも個人的には、それを乗り越えてきたという感覚はあまりない。
楽しんでいるうちに過ぎてしまったという感じ。


ほんとうは、スイートテンなんていらない。
私の一番の味方でいてくれれば、それでいい。
このまま、何も変わらないでほしい。

何かプレゼントしなきゃいけないのは、
私のほうだよ。10年間、ほんとうにありがとう。
これからも、いつまでも、全力で、幸せでいようね。

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02kaiwa mayunezu 2007-08-09T10:24:17+09:00
パブリックイメージ http://space.mayunezu.com/archives/200706/24-1317.php 自分が人から見られているイメージ(パブリックイメージ)と、自分が自分を見ているイメージは、多かれ少なかれギャップがあるとは思うのだけど、それが大きいと結構苦しい。パブリックイメージは自分が人に見せている情報から作られるわけだから、まあパブリックイメージを作っているのも自分自身なのだけども。

そういう情報がまったく自分では意図しない方向に解釈されてしまって、人生に影響することが私の場合結構ある。それで救われたこともあるけれど、パブリックイメージに自分が追いつくためにずいぶん苦労したり努力したりしたこともあった。

私は基本的にかなりのレベルまで誰にでも自分をオープンにするほうなのだけど(だからこういうBlogが書ける)、同じことに対する自分の解釈と他人の解釈がまったく違うことに驚くことがよくある。そこから、パブリックイメージと自己評価とのギャップが生まれてくるのだと思う。

私のことを、パブリックイメージだけで見ていない人はどのくらいいるのだろう。パブリックイメージを利用して「演技」をするような生き方はしたくないのだけど、結果的にそうなってしまっているのかな。

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mayunezu 2007-06-24T13:17:59+09:00
私がほしい力 http://space.mayunezu.com/archives/200706/10-1525.php 強い発言力よりも、冷静な読解力がほしい。

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01kimochi mayunezu 2007-06-10T15:25:44+09:00
共通点と相違点 http://space.mayunezu.com/archives/200705/29-2223.php 世間に名の知られた2人の命が終わった。
ほぼ同じ時期に、同じ病院で。
1人の死は人々の悲しみを誘い、
もう1人の死は人々の怒りを買った。

人がどう死ぬかは、どう生きたかによって
大きく変わるのだなあ、と思った。

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01kimochi mayunezu 2007-05-29T22:23:51+09:00
「ごめんなさい」という暴力 http://space.mayunezu.com/archives/200705/03-1204.php 「ごめんなさい」と言われることは、それを許せる状況のときはよいのだけど、許せない状況のときには単なる暴力にしかならないような気がする。「謝ってるんだから、ゆるせよ!」みたいな脅迫のように聞こえることがある。

「ごめんなさい」と言われたら、その反応について「許す」か「許さない」かどちらかしか期待されてないってこと……だよね。まあ普通は許してほしいから謝るのだと思う。

「ごめんなさい」はすごく怖い言葉だと思う。
私も何度も「脅迫」してしまったことがあると思うし、何度も「脅迫」されているような気がする。

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01kimochi mayunezu 2007-05-03T12:04:42+09:00
言葉を「置く」ために戻ってきた。 http://space.mayunezu.com/archives/200705/01-1737.php 「自然にわき上がった言葉だけを書く」
このサイトは、そういうことをすごく意識して作ってた。自分の「こころ」に一番近い距離で生まれた言葉をなんとかサイトに上げられないかと思ってた。

かつてのそんな気持ちを、私はすっかり忘れていた。
1999年〜2000年、毎日更新していたころは、本当にいろんな(見知らぬ)人と心からの会話をしていた。今思うとそれがどんなに幸せなことだったか。

多分忘れたきっかけは、2003年10月にこのサイトをBlog化したこと。私がそれまでやってきたことは間違いなくBlogで実現しやすいことだったけれど、自分のサイトの空気が変わったのを感じた。

Blogは比較的自由にデザインができるし、Blogにする以前も私はフリーの日記CGIを使っていたので、大して環境は変わっていないはずなのに、「自分のサイトがBlogでできている」というだけで、なんだか息苦しくなった。理由がずっと分からなかったけれど、つい最近、やっとそれに気づいた。

それまでは、サイトという場所に対して言葉を置いていく感覚があった。Blogになってから、サイトという箱に言葉を埋め込むような感覚になった。私はそれに、ぼんやりと違和感を持っていた。

先日私は久しぶりに「わき上がった言葉」をそのまま、公開しているBlogに書き留めた。(私としては)ものすごい反響だった。人は誰かの言葉に心が響いたら、何かその証拠を残そうとする。私はその「証拠」と会話をするのが好きだった。そういえば、そうだった。

そういうことを思い出したから、言葉にできたから、このサイトに戻ってきた。きっとこれからは、ここにも言葉を「置ける」ようになるような気がする。

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01kimochi mayunezu 2007-05-01T17:37:47+09:00
相手のすべてを理解することって、 http://space.mayunezu.com/archives/200607/09-0330.php ほんとにできるんかな。
なんか、そんなことを思った。

人は、人を完全に理解できないから人間関係が成立するんじゃないか。理解できないからこそ、配慮や、我慢や、意地や、甘えがあったりするんじゃないか。

理解できないことそのものを嘆くことはない……ような気がする。

いろんな人が、いろんな人に理解をもとめ、理解されずにいる。それでも明日はくるし、前には進んでいかないといけない。

みんなそうやって、日々を生きている。

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01kimochi mayunezu 2006-07-09T03:30:58+09:00
100%がんばる理由 http://space.mayunezu.com/archives/200606/26-2036.php ずっと以前、私は「なんで100%がんばらないのだ?」という趣旨の記事をサイトに書いたことがある(アップされているはずだが、相当前の記事だったので見つけられなかった)。100%がんばったら疲れるから、60%くらいにしてゆとりを持った方がいい、と誰も彼もが言うことに、当時の私はどうしても納得できなかった。言っている意味が分からなかったと言ってもいい。

何かをやろうとするなら、100%がんばるのが当然じゃん。
特に誰かのためにやることは、そうじゃないと失礼じゃん。

そうして、私は疲れていった。
100%がんばれない自分を責めても責めても、どうしても100%にできなかった。そういう自分に納得できなかった。自分に価値がないと思えた。生きるのがいやになった。
これが、2004年ごろの話。

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私の生きるモチベーションは、他人からのみ生まれている。
そういうことに、つい最近気づいた。
マイミクさんが、日記でこんなことを書いていた。

「どんなお仕事の内容でも淡々と、それでも自分の成長を信じて、そこに楽しみや喜びがあったのでした。」

この言葉で、気づいた。自分の「生きるスタンス」が違うんだということに。「自分の成長を信じる」なんて感覚を、私は持ったことがない。
私はいつも、「誰かのために」生きている。誰かに認められるために生きる。そのためにがんばる。ゴールは「誰かに認められること」のみであり、自分自身が成長するのは、それに付属してついてきているだけ。

私にとっての「100%」は、自分にとっての100%じゃなく、認められたい人にとっての100%なのだ。だから自分の限界を超えていても100%だと思えずに、がんばりすぎてしまう。

私にとって、自分の限界なんて関係ないのだ。
その人のためにがんばらなかったら、私は「死んでしまう」のだから。

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私は自分で、自分のことが好きじゃないんだと思う。
というよりも、そういうことを考えたことがない。自分を守るとか、伸ばすとか、着飾るとかいうことに価値を感じない。そういうことは自分から生まれる意志じゃなく、周りが求めるからやっている気がする。ノーメイクで行くとマナーに反するから。私が死ぬと後処理(お金とか)が大変だから。勉強しないとこのクライアントの要求に応えられないから。

「それは、良くないことなのか?」
だんなが私に言った。

良き理解者がいることは、本当に幸せだと思う。

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01kimochi mayunezu 2006-06-26T20:36:47+09:00
前向きに生きるということは。 http://space.mayunezu.com/archives/200606/07-0914.php もしかしたら、とても贅沢なことなのかもしれない。

生きているだけで、幸せなことなのだ。同じ朝を迎えることを嘆いてはいけないんだ。きっと。

前向きに生きられないことに焦る気持ちは、自分が幸せであるがゆえのわがままなのかもしれない。

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01kimochi mayunezu 2006-06-07T09:14:14+09:00
Six Apart ユーザーギャザリングvol.2 http://space.mayunezu.com/archives/200603/01-2228.php 参加してきました。Vol.1には参加していないので、はじめてのギャザリング参加です。見てみたいと思っていた自由学園明日館に行けたのはラッキーでした。

ドットのものを身につけないといけないということで、だんなと一緒に電光掲示板のように「ドット文字」が流れるネックレス(?)をして、参加しました。目立つかなと思ったのですが、そうでもなかったようです^^; みなさんもいろいろと工夫を凝らしていました。ドレスコードっていいですね。私もこんどオフを主催するときは何かやろうかな。

まずは乾杯の前に創業者のBenさんMenaさんからごあいさつがありました。エンタープライズ版がちょうど発表になったことと重なったので、そのお話をしていたのだと思うのですが、実はすごく後ろの方にいたので声も聞こえず姿も見えず……という状態でした^^;

で、そのあと乾杯!かと思いきや、誰も乾杯と言わなかった…というか、Ben・Mena夫妻だけで乾杯をしていたので(笑)、私たちもあわてて乾杯^^;

その後は歓談の時間が比較的長く取られていて、とても久々にお会いする方や初めてお会いする方ともゆっくりご挨拶できました。CHEEBOWさんには「大変お世話になっております」と深々と頭を下げました。本当に、つい最近も助けられたばかりです。

060301.jpgさて、歓談のあと、ケーキカットが行われました。SixApartのロゴをかたどったケーキをカットするということで、私はてっきり夫婦でカットするのかと思ったら、Menaさんが1人でカットして、Benさんはその様子をしきりにカメラに収めていました(笑)

なんか、そのマイペースさというか奔放さがいいのかもしれないって思いました。いい会社なんだろうなあと。


060301_2.jpg最後にプレゼント大会がありました。事前に渡されていたトランプの切れ端の片割れをBenさんかMenaさんが引いたら、その人が当たり。結構身近な人が当たっていてびっくり。だんなも当たりました。

最後の、SixApartのロゴをかたどったフラワーアレンジメントが当たったのが、ジェット☆ダイスケさん。挨拶を求められ、すかさずMTが標準でPodcastができるように要望。マイクを向けられた社員のみなさまは、なんだかマイクの譲り合いになってましたが、「がんばります!」と言ってました(笑)


最後に、ヤスヒサさんを通訳として無理やり引っ張ってきて、夫婦でBen・Mena夫妻と直接しゃべる機会を得て、用意していた質問をぶつけました。

「夫婦でWebの仕事を続ける秘訣はなんですか?」
Ben:「会社を作って、会社の人たちに仕事をある程度任せて夫婦の時間をちゃんと作ること」
Mena:「patient!」 (=我慢強く)

ペコちゃんのような顔でにこやかに、Patient!と一言で言い切ったMenaさんには、きっと並々ならぬご苦労があったのでしょう^^;

最後に私も「ず、ずっと憧れてました!!!」と言いました(言ってもらいました^^;)。ありがとう、とご夫婦が握手をしてくれました!ああ、写真を撮ればよかった。私たち夫婦も今の職業はBen・Mena夫妻にとても近いです。あんな風になれたらなあ、と思います。

文化財である自由学園明日館の建物はあまりじっくり見られなかったんですけど、また行きたいと思わせる雰囲気のある建物でした。学校だけど、教会のような、ある意味神聖な空気もあるところでした。

会は全体的にとてもなごやかで、初めて会う人でもなんだかうち解けやすい、いい空気でした。これも、会場の雰囲気のせいだったのでしょうか。それとも、MovableTypeの力でしょうか。

このあと、paperboyのみなさん&ヤスヒサさんとお食事に行きました。まんまとゲスト参加をさせられました(笑)

これからも、細々とですがMTを使い続けていくつもりです。よい機会を設けてくださって、ありがとうございました!

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01kimochi mayunezu 2006-03-01T22:28:32+09:00
Six Apart ユーザーギャザリングvol.2に行きます http://space.mayunezu.com/archives/200602/28-0118.php あまりに更新が止まっているのもなんなので、明日のために更新します^^;
明日(もう日付は今日ですが)行われる、「Six Apart ユーザーギャザリングvol.2」だんなと一緒に参加します。

ドレスコードである「ドット」なものを身につけるというのに大変大変悩み、なんだか妙なものを選択することになりました……いいんだろうか。みなさんの「ドット」、とても楽しみにしています。
2003年にこのサイトをBlogに移行した当時からMTを使っていた方が明日はたくさんいらっしゃるようで、私が一方的にお名前を存じ上げている方も多いです。私は最近更新をぜんぜんしていないのですが、MTはよくいじっているので、お仲間にいれてください。

よろしくお願いします!

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01kimochi mayunezu 2006-02-28T01:18:14+09:00